高齢出産のその後・・・アラフォーママの子育てブログ

38歳と40歳で高齢出産しました。高齢出産のその後の現実とは?厳しい現実なのか、楽しい子育てなのか・・・?(笑)

不妊治療

不妊治療中一番辛かった友人の妊娠報告、でも6年後の今・・・

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不妊治療って辛いです。

先の見えない辛さやリセットの辛さ、お金に対する不安など、私も本当にしんどかったのを覚えています。

その中でも一番辛かったのは友人の妊娠報告でした。口コミを見ていても、同じように不妊治療中に友人から妊娠報告があり、辛い思いをしている人がとても多く、自分と同じような人がたくさんいるんだなあと思っていました。

それから6年たち、今現在その時を振り返って思うことを書いています。

親友の突然の妊娠報告

私が不妊治療の顕微授精をしている時、友人から突然昼間に電話がありました。彼女は小学校から高校までずっと一緒だった、とても大切な親友です。

その時の電話は、6年ほど前のことなのに昨日のことのように覚えています。

昼間に電話がある時は、たいていパソコンで聞きたいことがあったりする場合だったので、「どうしたの?パソコンの事?」と私が聞き、その瞬間、不思議なことに彼女がこれから言おうとしていることが分かってしまいました。

「聞いて!妊娠したの。」

そこからの会話は、ショックすぎてほとんど覚えていません。その日何をしている時にかかってきたかも、どこにいたかもはっきり覚えているのに・・・。

彼女は私が不妊治療をしていたことを知っていました。そして彼女も子供を欲しがっていました。でも仕事が忙しかったこともあり、そこまで真剣に子作りに励んでいるようではありませんでした。

だから私にとっては本当にびっくりな報告であり、辛い報告でもありました。

聞けば彼女は、たった1カ月の子作り(タイミング)で授かったとのこと。私はこんなにしんどい思いをしているのに。お金もかけて身体にも負担をかけて、こんなに真剣に頑張っているのに。どうして?神様は不公平だ・・・そう思いました。

そこからは本当に辛かったですね。親友なのに喜んであげることが出来ませんでした。いや、親友だからこそなんでしょうね。

今までは不定期でどちらかが連絡をしていたのに、その後は私からはもちろん彼女からも連絡はありませんでした。もしかしたら彼女も気を使っていたのかもしれません。

旦那にも泣きつきました。「なぜ彼女には出来て私には子供が出来ないのか」と。もともと能天気な旦那の返事は「そんなの、今じゃないだけでいつかできるんだから、そんな辛い事じゃないよ」とかそんな感じだったと思います。

当時の私には何の慰めにもならず、「いつか出来るってどうしてわかるの!!」と逆切れ状態だったと思います・・・。

それから7か月後に私も妊娠

でもそれから7カ月後。旦那が言った通り、私も子供を授かりました。私はやっと彼女に連絡をすることが出来ました。

県外に住んでいたこともあり、ずっと会っていなかったのですが、私が妊娠5ヶ月目ぐらいだったかな、彼女にやっとおめでとうと出産祝いを渡しに会いに行くことが出来ました。

6年も前の事なのに、その日のことも本当によく覚えています。

 

それから6年後の現在の状況

彼女の妊娠報告からもう6年がたちます。

今、彼女はひとりっこ。私は1人目が1歳ちょっとで2人目を妊娠し、今2人の息子がいます。

彼女も2人目を欲しがっていますが、仕事が忙しいことなどで、まだ子作りが出来ずに過ごしています。私と同級生なので42歳。でもまだ諦めずにこれから2人目を作る予定だそうです。

6年前には想像すらできなかった現実。別に彼女に勝ったとかではなく、あの時もう自分には子供が出来ないんじゃないか、このまま彼女に会えないのではないか、と思っていた日々でしたが、2人の子供に恵まれ、彼女とも以前と変わらず電話をしたり会ったりすることが出来、今、私は幸せです。

 

人間万事塞翁が馬

それ以来、辛いことがあった時や、人の事が羨ましくなった時、いつも頭に思い浮かぶ言葉があります。

「人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)」ということわざです。

 

人間万事塞翁が馬とは、人生における幸不幸は予測しがたいということ。幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じるかわからないのだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないというたとえ。

昔、中国北方の塞(とりで)近くに住む占いの巧みな老人(塞翁)の馬が、胡の地方に逃げ、人々が気の毒がると、老人は「そのうちに福が来る」と言った。
やがて、その馬は胡の駿馬を連れて戻ってきた。
人々が祝うと、今度は「これは不幸の元になるだろう」と言った。
すると胡の馬に乗った老人の息子は、落馬して足の骨を折ってしまった。
人々がそれを見舞うと、老人は「これが幸福の基になるだろう」と言った。
一年後、胡軍が攻め込んできて戦争となり若者たちはほとんどが戦死した。
しかし足を折った老人の息子は、兵役を免れたため、戦死しなくて済んだという故事に基づく。

 

まあ要は人生何がどうなるか分からないってことですよね。

確かに私は不妊治療で時間もお金も使いましたが、1人目の時に受精卵が残っていたおかげで、2人目はものすごくスピーディーに妊娠できました。(1人目の時には4度の移植で妊娠し、2人目は1度の移植で妊娠しました。)

当時既に37歳前後、1人授かるかどうかも分からなかった私に、2人子供が出来るなんて想像もしていませんでした。いや、もちろん妊娠できると信じて頑張ってはいましたが。

だから、私は当時の自分に言ってあげたいです。「大丈夫、あなたにも7か月後にかわいい男の子がやってくるから心配しないで。あなたもちゃんと幸せになれるから。」と。

今でも当時の事を思うと、少し胸が痛み、少し自分が恥ずかしくなります。もしかしたら今彼女も当時の私のような思いをしているのではないかと、たまに心配に思うこともあります。でも彼女は、私に2人目が産まれた時もとても喜んでくれ、会うといつも私の息子たちにもお土産をくれます。

不妊治療中って、本当に出口が見えないのが一番辛いんですよね。でもね、人生本当に塞翁が馬です(笑)

不妊治療中以上に、これからの人生、まだまだ辛いことがあるかもしれませんが、そう思って楽しんでいけたらいいなあと今は思っています(^^)

 

 

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